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乃木坂46『墓場、女子高生』初日2日目雑感

 乃木坂46が本格演劇に挑戦する第二弾、『墓場、女子高生』を観てきました。現状、私が観たのは初日と2日目ソワレ。

「いつでも思い出し笑いできるような出来事が、
確かにいくつもあったんだけど…、」

 
学校の裏山にある墓場で、
合唱部の少女達は今日も授業をサボって遊んでいる。

墓場にはいろんな人間が現れる。
 
オカルト部の部員達、ヒステリックな教師、疲れたサラリーマン、妖怪、幽霊…。

墓場には似合わないバカ騒ぎをしながらも、 
少女達は胸にある思いを抱えていた。
 
死んでしまった友達、日野陽子のこと。

その思いが押さえきれなくなった時、少女達は「陽子のために…」、
「いや、自分達のために」とある行動を起こす。

「墓場、女子高生」


natalie.mu




 笑った。超笑った。そして泣いた。どこにでもありそうですぐに忘れてしまいそうな瞬間の連続が積み重なり、いつかは漠然と青春と呼ばれるようになる時間。忘れてしまう時間と忘れられない人。これが青春なのだろうか。青春らしい青春を過ごしてこなかった自分には、昔を思い出すということもなかったけれど、そこには狂おしいまでの青さが生と死のすぐ隣にあって、それがさらに青春を際立たせていた。


 私は去年、ベッド&メイキングスによる再演『墓場、女子高生』を観ました。それが本当に最高だった。死んでしまった者を常に想いながら、しかし繰り広げるはどうでもいい時間。主演の清水葉月さんが素晴らしくて、ただ墓場を歩いているだけでも幽霊としての存在感があった。雰囲気を作れる女優さんだった。あのときも笑って泣いて、観終わって外に出ると夏で、どうしようもなく切なくなったのを覚えています。


yuribossa.hatenablog.com


 そして今回、乃木坂46のメンバー8人を迎えての『墓場、女子高生』です。去年が最高だったので、もしかしたら乃木坂が演じることによって面白さが減ってしまうのではないか、そんな不安がありました。女優することに熱心な乃木坂であっても、本業はアイドルですからね。アイドルが出る舞台は面白いか基本的に不安なんですよ。しかし(ここフォント大きく)、そんなことは杞憂でした。乃木坂46の『墓場、女子高生』、素晴らしかったです。笑いと涙の狭間を揺らいで、青春の不安定さを見事に描かれていた。あと去年は下ネタ多かったなーと思い出したけど今回も下ネタ突っ込みまくってました。


 どうしても去年の再演と比較してしまうのは申し訳ない。しかし比べることで新しさも見えてきて、自分の中に出来上がっていた『墓場、女子高生』のイメージを壊してくれました。特に主演の伊藤万理華さん。去年の『墓場、女子高生』を観た後、私には清水葉月さんが演じる日野ちゃんがいるからこそ『墓場、女子高生』が成り立っているとしか思えず、清水葉月さんしかありえないと思っていました。今回日野ちゃん役(皆いろいろな愛称で日野のことを呼んでいますが私は「日野ちゃん」です)が伊藤万理華さんだと知ったとき、清水葉月さんで作られた私の中の『墓場、女子高生』のイメージをどう崩してくれるのだろうと楽しみであり不安でもありました。


 そんな複雑な気持ちで迎えた初日。伊藤万理華さん演じる日野ちゃんは孤高でありながらも親しみのある女子高生となって舞台の上に立っていました。それは伊藤万理華さんだからこそ、乃木坂46の8人が演じているからこそ成り立つ日野ちゃんでした。日野ちゃんは伊藤万理華さんなのに、他の7人もその背後に感じられて、全員で舞台を作り上げているんだなという感動がありました。やっぱりこの8人なんですよ。


 以下それぞれについて。ネタばれしています。

合唱部の面々に何も告げずに自殺してしまう日野ちゃん。日野ちゃんはどんなに仲の良い友達にも見せない秘めた部分を持っていて、それが日野ちゃんの神秘性を高めています。去年観たときは日野ちゃんの不可侵で神秘的なわからなさが自殺してしまったことに対する言い訳にもなっていたように感じました。他の7人から見てやっぱりあの子は不思議だったねみたいに去年は思えたのだけど、今回は伊藤万理華さんなわけです。普段は他の乃木坂7人と一緒に仕事をしているわけです。現実とは違う舞台を観ているはずなのに、その後ろに乃木坂が透けて見えざるをえない。乃木坂の8人が演じているということがどうしても意識の底にあって、それがお話自体が生み出す関係性以上の絆を私に感じさせて、演劇としてそういう見方はどうなのかなと思いつつも、それこそが乃木坂46が『墓場、女子高生』を演じる意味のような気もして、複雑ながらも日野ちゃんとそれぞれの関係にのめり込んでしまいました。で日野ちゃんは、伊藤万理華さんであり8人でもあるのです。だから死別がより悲しく、残された者のやりきれなさが墓場に充満していてあの馬鹿騒ぎなのだと思います。

ビール飲んだりして大人ぶっているのに純情なの可愛すぎでしょ。日野ちゃんは死んでしまった存在でいないも同然なので、必然的にメンコが主役のような雰囲気がありました。陽であるメンコと陰の日野ちゃん。生き返った日野ちゃんに対して言葉が少なくなるメンコの佇まいが物語を強くさせていました。メンコがうんこの話を日野ちゃんに迫るところ、うんこの話なのにめっちゃ泣けるんだ。

ビンゼは途中から合唱部に入るという設定なのだけど、そもそも新内眞衣さんは乃木坂のメンバーだという認識があるので、なんというか新入部員感が薄いんですよね。あと、一気に時間が戻って合唱部に加入するときの場面に転換する流れは気持ち良い。あの出会いから回想に変わるところも切なくて好きです。時間は流れているのに過去に戻って再び今に跳ぶ。この舞台は最初夏の話かなと思っていたのに、実際は四季を巡っていて、それが彼女達の制服の着こなしにも表れていて、だからこその最期のシーンが印象的になっていました。

斉藤優里さんっぽい。自分のことをブスブス自虐するのですが、全然ブスじゃなく可愛いのが辛い。ブスブス自分では言ってても本当は可愛いと言ってもらいたいのに、ジモにはそこそこ可愛いと絶妙にけなされてるの可愛い。悪口さえも愛おしくなるこの距離感がいかにも青春ですね。ただまあ乃木坂の人がブスブス言ってても全然説得力ないの悲しい。ブリっ子してるナカジ可愛いよ。

誰も彼も純情なんですよ。おっさんが書く女子高生だから純情なんですよ。荒い言葉遣いであっても乙女心はあって健気なチョロ可愛いし、チョロの足開き気味な感じ、嫌いになれないよ。

すごかったよ!! 私の知ってた鈴木絢音さんではなく、女優の鈴木絢音さんでした。明るいんだけど捻くれていて、何事にも突進していくようで一歩退く雰囲気も持っていて、本当にジモだった。踊っているときに腰が低くなる感じ、ジモっぽくていいなと思いながら観ていました。最後のコーラを飲むシーンに青春の刹那が詰まりまくっていて、その瞬間、それまでの2時間はこのジモのシーンのためにあるんだなって思えるくらい素晴らしくて泣いた。

舞台が始まる前、オカルト部を誰がやるだろうか楽しみだったのです。誰がやっても面白いことに間違いないことは確信していましたが、伊藤純奈さんがオカルト部を演じることを知ってかなりびっくりしました。なにせ今回の演者の中で数少ない現役高校生なわけです。それがこんな色物な役を演じるなんて。しかし、武田様最高でしたね。どんなに奇抜でも本人が笑わせようとしていない本気だから生み出せる笑いが最高だった。

こちらも難しそうな役だった。最初オカルト部で登場して、後から元は合唱部だったことがわかる西川。いちばん日野ちゃんの心の核心に迫っただけにいちばん突き飛ばされてしまった西川。なんとも悲しい。日野ちゃんと西川の会話が、いつも伊藤万理華さんと井上小百合さんで話しているのと同じような雰囲気があった(プライベート知らないけど)。いいことなのかどうなのか、歩き方とか仕草に時折井上小百合さんが感じられるんですよ。だから日野ちゃんこと伊藤万理華さんと死に別れたことが本当に辛くて、2回目に観たときはオカルト部の格好で出てきたときから辛かった。

  • 大人4人

大人陣は絶対笑いを外さないからずるいですよね。冴えないおっさんサラリーマン高田はずっと冴えないままで自分のことのように身につまされるけど、去年観たときよりも重要度が増していたように感じられて、彼がいたからより青春の青春らしさが際立っていたと思います。狂言回しとしての山彦さんと真壁さんもまるで生きているかのようで、墓場としてのセンチメンタル過剰感はこの2人がいたからでしょう。わざわざ放ったギャグの説明をくどくど言って演劇を壊してくる先生の笑い、そういうの苦手なはずなのに全然笑えて自分でも結構不思議でした。


 乃木坂46らしく合唱のシーンがたくさんあったのが良かったです。去年は歌うシーンがかなり少なかったと記憶していて、去年を思い返してみても序盤の歌が結構クライマックス的だったような気もして、しかし今回は随所に合唱にシーンがあって、それが乃木坂が演じることの良さと繋がっていたように思います。アイドルソングを歌う乃木坂ももちろん好きだけど、合唱のようなよりプリミティブな歌を披露する乃木坂は少女感が増していて、その朴訥さがリアルにその年代でしか出せない空気を作り出していました。やっぱり乃木坂が演じてくれて良かった。


 乃木坂が演じることにも通じますが、やっぱり本物の女子高生が女子高生を演じることに勝てるものはないんですよ。去年観た再演は大人の女優が演じていました。演技もとても上手かった。しかし舞台や映画において、演技の上手い大人の女優さんが女子高生を演じるよりも演技力云々以前に実際の女子高生が女子高生を演じるほうが圧倒的に強さがあると、私はいろんな作品を観て確信に至りました。やっぱりその年齢でしか出せないものがあるのだと私は信じています。今回の『墓場、女子高生』では乃木坂46の8人の内、2人が現役女子高生でした。全員ではないけれどリアルさが十二分にあった。本物の女子高生がいるからこその舞台の空気感があって、そこから醸し出されるどうでもいいくだらなさが愛おしかった。もしかしたら、アイドルというのは例え20歳を過ぎていたとしても同じ20代よりもより若く青春に近い場所にいるのかもしれません。


 最後、皆が自分の責任だと背負いこんでいた日野ちゃんの死んでしまった理由を改めてひとりずつ美化して発表する場面があって、私にはそこがクライマックスで、日野ちゃんが泣きながらひとりずつ声をかけていく姿が悲しいようで美しく、息を呑む真摯さがあった。腐った世界は美しく再定義されなければならない。過去は美化されるように青春も美化され、友人が死んだことも美化されます。時が経てば自然に美化されるものをここでは無理矢理に美化していく。普通は時間の積み重ねで少しずつ変化していくものを一気に凝縮した瞬間に生まれる美しさがあった。そして再び死ぬことを覚悟した日野ちゃんの一言一言が本当に胸にくる。


 全編を通して笑いと涙の狭間を揺らめいでいました。ときに笑っていいのか泣いていいのかわからないぎりぎりの空気感、ギャグと不謹慎が紙一重なところが最高だった。誰かは笑って誰かは泣いて、その揺らぎが世界を不安定に浄化させていって、いつかは忘れてしまうけれど何かは残ってほしいという願いがある。ジモは忘れられたら死んだも同然と言うけれど、だとしたら忘れさえしなければ誰もが生きているんです。


 本当に、この8人で舞台を作れたことが素晴らしいなと思える作品でした。パンフの座談会でメンバーが口々に言っていたように、この8人でやれたことを喜んでいて、この8人でこその『墓場、女子高生』が私を感動させました。にしてもパンフの座談会はいちばんしんどさ極まっていたときに開かれたらしく、喋りながら全員泣きまくっているのメンタルやばいでしょうとは思いましたが…。乃木坂46が演じていることを意識しながら観るのは申し訳ないなと思いつつも、だからこその美しさがありました。乃木坂46であるけれど乃木坂46でない8人のくだらなくも真摯な墓場での時間、とても素晴らしかった。ありがとう。無事に千秋楽を迎えられることを祈ってます。


 あと、本当に本当にどうでもいいことだけど、日野ちゃんがやる奇抜なポーズが『わたしの星』を思い出させて胸がいっぱいになったよ。