朝井リョウ『武道館』

 ネタばれてるのかもしれませんよ。

【正しい選択】なんて、この世にない。


結成当時から、「武道館ライブ」を合言葉に活動してきた女性アイドルグループ「NEXT YOU」。
独自のスタイルで行う握手会や、売上ランキングに入るための販売戦略、一曲につき二つのパターンがある振付など、
さまざまな手段で人気と知名度をあげ、一歩ずつ目標に近づいていく。
しかし、注目が集まるにしたがって、望まない種類の視線も彼女たちに向けられる。


「人って、人の幸せな姿を見たいのか、不幸を見たいのか、どっちなんだろう」
「アイドルを応援してくれてる人って、多分、どっちもあるんだろうね」


恋愛禁止、スルースキル、炎上、特典商法、握手会、卒業……
発生し、あっという間に市民権を得たアイドルを取り巻く言葉たち。
それらを突き詰めるうちに見えてくるものとは――。


「現代のアイドル」を見つめつづけてきた著者が、満を持して放つ傑作長編!


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武道館

武道館


 これは今読まなきゃダメだ、すぐ読まなきゃダメだ、と謎の使命感に駆られ、発売直後に買って一気に読み終わりました。たくさんアイドル用語が出てきますが、このブログまで辿り着くようなアイドルオタクならわかっているはずですし、サクッと読めると思います。しかも1300円なのでCD1枚、握手会1回我慢すれば買えます。だけど、これはオススメしづらい…。アイドルにもアイドルオタクにもオススメしづらい。読んでほしいような、読んでほしくないような、複雑な感情が読後に残りました。


 アイドルも人間なのに、ステージに立つとあまりに神々しくて、人間ではないものに見えるときがある。だから人間であることを忘れてしまう。それが牢獄となって苦しめていることに気付くのはいつも後になってから。


 これは「NEXT YOU」というアイドルグループが武道館を目指す話で、単純にそれだけの話なのですが、それはもうキラキラしていて、なのに切ない。とても悲しい。誰も悪くないのに(少なくとも僕には責めるべき登場人物はいない)、みんな同じ高みを目指していたのに、どうしてこうなってしまうのかというやるせなさ。ここまで読めばわかるようにハッピーエンドじゃないです。


 現実よりも現実らしい物語だと思いました。どこかで聞いたことのある、いろいろなアイドルとアイドル現場のあるあるネタをこれでもかと取り込んで話を作り上げていて、いかにもあり得そうな話なのだけど、だからこそというかつらいです。つらいけどアイドルが好きだからページをめくる手が止まらない。読み終わってずっしりくるのに、いつかのあの子の脱退を気にしなくなるように、この物語もすぐ忘れてしまうのかもしれない、そんな不安が湧き出てきます。非常にありきたり。だから現実に起こり得そうな恐怖と背中合わせです。


 読む人によっては、主人公の行動はどうなのよ、と思うかもしれない。でも僕にはそれを責めることは出来ないし、もし僕がこのグループのファンだったらそんなこと関係ないくらいたくさんの幸せをもらっているはずで、感謝はすれど非難は出来ない。


 正直、読まなければよかった、という後悔も少しあります。たぶんそう思わせるのも作者の意図でしょう。僕は虫の良すぎる人間だから、出来ればステージだけを見ていたかった。ファンのままでいたかった。見ちゃいけないものを見せられて共犯者にさせられた気持ちになりました。これについて誰かと話すことは出来るのだろうか。そっと胸の中にしまっておきたい。


 やっぱりあの子が悪いよ、と言えれば結構楽になれるのかもしれません。でも僕には言えない。というか、言えないように書かれていると思います。


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 僕はアイドルが好きで、ステージで歌って踊って輝いているアイドルが好きで、ステージがすべてだと思っています。スポットライトの当たっていないところがどんなに暗かろうが、見えている部分が眩ければそれでいい。もうね、そこまで割り切っています。そこまで割り切らないと追いかけられないのが現在のアイドルシーン。じゃあ、何故そうまでしてアイドルを追いかけているかというと、やっぱりアイドルが見せてくれるキラキラが大好きなんですよ。ステージを見上げて眩しさに目がうるむ瞬間の、つらいことや悲しいことや生きてることさえも忘れてしまう瞬間が、何物にも代え難いのです。


 そのステージのために、僕らの想像も及ばないぐらいアイドルが裏で努力していることは察しています。声高に言わなくてもわかってる。大半のファンはわかってる。そうわかった上でステージに感動していて、それこそが信頼関係だと思う。僕の半分にも満たない年頃の女の子がそうやって頑張っていて、いつだって思うのは夢を叶えようとする人間は強いなということ。尊敬します。


 だから、見たくない裏側を見せられるとつらい。AKBなどのドキュメンタリーを見た人達なら慣れているのだろうか。


 この小説はアイドルを取り巻く状況を地獄みたいに描いても、優しさがそこかしこに感じられたのはやはり作者がアイドル好きだからなんでしょうね。辛辣に書いていても優しさがある。アイドルに希望を託しているのがすごくわかる。ダ・ヴィンチの最新号を読みました。めっちゃ我が軍ですやん。


 現実とすり替えられそうな話なのに、どこまでいっても夢のような話でした。僕がアイドルを好きだからかな。まあ、アイドルは非現実な世界を見せてくれることに違いないですが。これをアイドル自身が読んで、どう感じたのか気になります。


 散りばめられた数々のアイドルネタはどれも笑えるのだけど、残るのはどうしようもない泣き笑いのようなやるせなさで、もしかしたら夢から醒めたときの自分の部屋のたくさんのCDやアイドルグッズを眺めるときもこんな気持ちになるのかなと思ったりしました。いつまでも夢から醒めないでいられたらなあ。でも、いつまで自分もアイドル追いかけるんだろうな。



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