℃-ute劇団ゲキハロ『さくらの花束』(ネタばれあり)

 春ですね。桜が咲いたと思ったら急に寒くなったり、でも少しずつ暖かくなってきて、散歩が楽しい季節となりました。そんな例年より桜が早く咲き始めた頃、池袋シアターグリーンで℃-uteゲキハロが始まりました。実は数年ゲキハロは観ていません。最後に観たのが何だったかも覚えていません。今回、その遠ざかっていたゲキハロを観ようと思ったのは藤井千帆さんが出演しているからでした。僕は藤井さんに関しては新参もいいところで、すイエんサーで初めて知って、しっかりした話し方と芯のある佇まいに好感を持ち、ブログを読んだら文章も写真も自分と波長が合う感じで、熱烈とは違うけれど、遠巻きに好きだなという感情を抱いてました。今年の1月に突然ブログが終了してかなり凹んだのですが、その後舞台に出ると聞いて、観に行こうかなと決めたのが数年ぶりのゲキハロでした。3つ舞台があるらしいとか、よく内容把握してなかったので、とにかく藤井千帆さんの演技を観たかった自分は迷わずBIG TREE THEATERを選びました。ここは教室を舞台とした会場で、鈴木愛理さん岡井千聖さん萩原舞さんが出演。そこに共演者で藤井千帆さんと菊池友里恵さんがいます。正直に書くと、舞台はずっと刺々しい痛みに耐える感じでした。デフォルメされてるのかわからないぐらい年頃の女子グループの実情に疎いですが、あぁこういうのありそうだなと思わせる描写が突き刺さってきます。愛理ちゃんはいかにもギャルを演じてましたが、まいまいは素のようでした。だけど、最後、校歌を歌われるとそんな無ず痒さも消え去ります。女の子が自然と歌を歌い始めればなんだって正義です。
 観終わった後にようやく、自分が観たのは物語の3分の1で、3舞台すべて観ないと完結しない、いえ、1つでも物語として完結はするんですけど不完全燃焼感が残ることに気付きました。舞台の途中で愛理ちゃんや千聖ちゃんが抜けて他の舞台に立っているんですよ。そちらで何が繰り広げられているか気になるじゃないですか。結局全部観ました。本当に素晴らしかったです。計算され尽くされたすべての歯車がカチッと噛み合って、ひとつの大きな物語が浮かび上がる様が奇跡でした。
 大きくネタばらしをすると、この『さくらの花束』は『桐島、部活やめるってよ』を意識して作られた舞台です。3つの舞台の影の主人公は高校卒業を間際に退学させられた後藤あかりという生徒。その後藤あかりを巡って、卒業式の後の3つの場所で様々な人間模様が繰り広げられます。桐島は様々な人物の思惑が撚り合わさって強い物語になっていますが、ゲキハロはそれをほどいて3つの舞台に仕立て上げているので、それぞれひとつの舞台としては小さくまとまってしまったかなという印象があります。しかし舞台を観ていると、自分が今目にしているもののさらに奥にもっと大きな話が広がっているのではないか、そんな奥行きが感じられました。2つ観終えて、最後の舞台を観ているときなど、既に他の舞台で知っていることが多いため、見えない舞台も見えてくるような、そんな錯覚に陥ります。℃-uteは3つの会場を行き来するので、時間は綿密に計算され、よくタイミングがズレないなと感心しました。すべてが完璧に組み合わさったとき、大きな感動がやってきます。僕達は神様ではないので全部の物語を俯瞰することは不可能で、たかだか目の前の1箇所を見続けるだけですが、それでも今すごいことが繰り広げられているのがしっかり伝わってきました。
 そんな今回のゲキハロは、物語全体の構造的な面白さもよかったのですが、何よりも素晴らしかったのは中島早貴さんの演技でした。本当に素晴らしかった。観ているときは呼吸を忘れるぐらい、観終わったら言葉を失くして立ち尽くすぐらい、舞台の真ん中で毅然と輝いてました。なっきぃが演じたのは演劇部部長朝倉かのこ。演劇部は窓が無い部室で、部員は中等部の2人のみ。狭い部室の中、ほぼ一人で演劇を作り上げていました。後輩2人もいい味出してましたが、あくまで脇役です。ファンネルみたいなものです。まず冒頭、10分近くなっきぃの一人芝居が続きます。もうそこからなっきぃの作り出す空気に会場全体が支配されます。3つ全部観るとわかりますが、朝倉かのこが自分らしさを出せるのはあの演劇部部室だけです。3劇場のいちばん小さい劇場で、その悲しくなるぐらい小さい部室と、そこでしか自分を出せないかのこ。しかしかのこが部長であるその部室でも、部員がどんどん辞め、最後に残った2人も劇中で退部してしまいます。本当にひとり取り残されたとき、いろんな偶然が重なって、かのこの前から去った後藤あかりからメールが届きます。そして、唯一の心の拠り所であったトロフィーを部室に残し、かのこは卒業します。結局、3つの場所でドラマを引き起こした後藤あかりはかのこに連絡して、教室の5人には申し訳ないですが、それがかのこの救いとなったのがホッとしました。狭い劇場、最前で手を伸ばせば演者に触れそうな距離で、自分だけは特別だと信じる若々しい傲慢な自信に満ちたかのこを演じる中島早貴さんが本当に素晴らしかったです。昨日今日明日の日常の1日として卒業式の日を迎えるのとは違う、今が人生すべてのような振り絞った輝きがありました。部室でしか自分を出せないでいて、それさえも理想の自分を追いかけていて、最後に気付かない振りをしてた現実を見渡して部室を飛び出し、桜の木の下でシャボン玉を吹くかのこからは、ひとつ階段を昇った爽やかさを感じました。回を重ねる毎にシャボン玉が綺麗に舞うようになったのがなっきぃとかのこがひとつになったようで、見ていて美しかったです。月日が経ったとき、かのこもあの頃を黒歴史と振り返るのでしょうか。
 もちろん他の舞台もよかったです。鈴木愛理さん岡井千聖さん萩原舞さんの教室は高校生活が名残惜しい気怠さに満ちていて、対する矢島舞美さんの生徒会室は最後の告白のきっかけを掴もうとする緊張感に溢れていて、どちらもよい舞台でした。矢島舞美さんと福永マリカさんの生徒会室は凛とした空気が張り詰め、福永さん演じる生徒会長を想う舞美さんの心と瞳が散り降る桜より揺れ動く様が切なかったです。どれも見応えのある舞台でしたが、その中でもなっきぃの演劇部部室は特別にすごかった。あの部室でグイッと世界に引き込まれました。まるでなっきぃ演じるかのこ1人でこのゲキハロを引っ張っているような熱量がありました。
 千秋楽を終えた後、福永マリカさんもブログで書いてましたが、

どこかでは物語の片隅の存在でしかない人物も、どこかでは主役で、

みんな自分の人生の主役は自分であると言うこと

福永マリカ オフィシャルブログ『マリカティーノのキャラメル仕立て』スタ★ログ 満開御礼
ここに集約されていると思います。今回のゲキハロを通して観て僕もそう思いました。それぞれの物語があって、みんなが主人公で、彼女達の思いが募った先の調和がきらめいてました。千秋楽のUstで見た全員による校歌には、奇跡のような舞台をやり遂げた気持ちに満ちていました。よい舞台でした。どれも素晴らしかったです。観終わった後、劇場の隣に咲いていた桜がとても綺麗で、帰り道の空気が心地よかったです。あと菊池友里恵さんパない。


 藤井千帆さんのこと何にも書いてなかった…(藤井さんもよかったですよー)。