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2011年を振り返って(早見あかりさんについて)

 気持ちの整理という意味も込めて書いてみようと思います。2011年1月の話です。早見あかりさんのももクロ脱退で落ち込んでいるときに、偶然YouTubeに上がっていたおそらくラジオ音源であろうTomato n' Pine「旅立ちトランスファー」を聴きました。1回聴いてこれは僕と早見さんのことを歌っているのではないかとびっくりしました。世の中たくさんの出来事があり、たくさんの歌があり、このような思い込みも珍しくないだろうと醒めた感情も微かに過ぎりましたが、自然と涙が流れてきました。すぐにYouTubeから音だけ抜き、iPodに入れて通勤時に聴くようになりました。毎朝聴きました。硬く正確に打ちつけるキックが僕を前へ前へ歩かせました。自分でも意外なほど、あの日から食欲がまったく出ず、心も身体も重い日々を送っていましたが、それでも僕が歩き続けていたのはこの曲があったからです。この曲に背を押されるように歩き続けました。今でもこれを聴くと、冬の薄い青空としんと張り詰めた朝の空気を思い出します。音があの頃の空、空気、白い息、頭を駆け巡っていた気持ちを甦らせます。「旅立ちトランスファー」は歌詞のひとつひとつが早見さんと結びついて、彼女のことを考えながら聴いていました。2番のサビが特に好きです。"あっけなく過ぎて…"の"あっ"が本当にあっけらかんとした、一瞬で時が過ぎていくような響きで、また早見さんもこの音くらい迷いなく決意したような錯覚さえ起こさせます。曖昧な記憶に迷うときが来るのだろうか、想像してみてもあの頃は未来よりも今その瞬間が大事でした。あの時期に旅立ちを歌ったこの曲は、あまりにも早見さんを容易に想起させ、曲に感情移入しては四つ打ちのリズムで早見さんのことを考えていました。

よくある失恋のときに流れていたから記憶に残っているような、そんなありきたりの一種ですが、僕にとって「旅立ちトランスファー」は2011年最も印象深い曲です。


 この曲や僕の感情とは関係なく、早見さんは4月10日をもってももいろクローバーを脱退し、今はモデルや女優として活躍しています。いやー、すごい。本当にすごい。毎月何かしらの雑誌に載っています。そしてどれも彼女が彼女らしく輝いています。どこからどう見てもアイドル辞めてきたとは感じさせない凛としたモデルっぷり。素晴らしいです。でも悲しいことにモデルとして頑張っている早見さんから時折垣間見れるアイドルらしさに幸せを感じている自分がいます。僕は早見さんの笑顔が好きです。今更ながら痛感しています。高い服や流行りの服を着て、これぞ早見あかりという表情よりも、確かにそれこそがモデル早見あかりなのですが、僕は笑っている早見あかりさんが好きです。今年はいろいろな仕事を彼女はしてきましたが、2011年いちばん好きな作品はPS9月号の写真です。夏の縁側で肩の力がふと抜けた瞬間を捉えたような、そんな早見さんの笑顔が大好きです。
ps
これ以上完璧な写真はないと思います。夏、縁側、ワンピース、西瓜、僕の大好きな要素が盛りだくさんです。それらをギュッと夏の結晶としてまとめ上げているのが早見さんです。ここに夏のすべてが込められています。暑さをしのぐように優しく迎え入れてくれている早見さんの笑顔にほっとします。本当にこの早見さんが大好きです。と同時に、モデル仕事としたらこの表情は珍しい部類だからとても複雑な気持ちです。やはりどこまでいってもアイドルとしての早見さんを求めてしまうのか。彼女と同じぐらい軽やかに次のステップに踏み出していけないのか。好きな気持ちと彼女のスピードに追いつけていないもどかしさで揺れています。モデルとしての早見さんが嫌いなわけではありません。むしろももクロの頃から今のような彼女を夢見てきました。ですがこうやってモデルや女優として活躍している早見さんを見ていると、僕はアイドルとしての早見さん、毎週末幸せを届けてくれていた早見さんが好きだったんだということが以前にも増して強くなっています。過去を引きずり過ぎなのか、よくわかりません。考えるほどによくわかりません。


 まあ僕のちっぽけな悩みなどお構いなしに早見さんは2012年も突っ走ってくれるでしょう。信じています。早見さんにとって2011年はたくさんの変化があった年でした。僕にとっては変わらない気持ちを確かめられた年でした。ホントいろいろなことがあった。笑ったり泣いたり、空を仰いだり。吉祥寺の夏空の下で見た早見さんが忘れられません。早見あかりさん、素敵になられましたね。それでは、良いお年を!